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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)2592号 判決

原告

宇佐川優

被告

雅叙園観光株式会社

右代表者代表取締役

松尾ハズエ

右訴訟代理人弁護士

桝田光

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金四六八万五九六一円を支払え。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、肩書地(略)に本社を有し、観光ホテルによるサービス提供を業とする会社である。原告は、昭和五六年四月、被告会社に雇用されて東京営業所管理課総務係に配属され、本社総務部総務課人事係を経て、同年一〇月二一日、東京営業所第一営業課フロント客室係の正社員となった。

2  被告会社は、原告に対し、昭和五七年三月三一日、同年四月三〇日をもって解雇する旨の解雇予告をし、これに対し原告が同年四月一一日に地位保全の仮処分申請をすると、同月一五日、予告期間の満了を待たず即時解雇をした(以下「本件解雇」という)。被告会社は、その際、原告に解雇予告手当を渡そうとしたが、原告は、その受領を拒んだ。

3  本件解雇は、原告に心当たりのない事実関係が積み重ねられたうえでの評価を原因とする不当解雇であり、解雇権を濫用したもので無効である。

4  原告は、本件解雇当時、毎月二七日に一か月一六万円の賃金(基本給)の支払を受けていたほか、毎年七月二〇日及び一二月一〇日に各二〇万八〇〇〇円の賞与の支払を受けていた。したがって、昭和五七年四月一六日から昭和五九年三月九日までの期間の未払賃金は合計四四八万円となり、これに対する同期間中の民法所定年五分の割合による遅延損害金は合計二〇万五九六一円となる。

5  よって、原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、右未払賃金及び遅延損害金として合計四六八万五九六一円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1のうち、原告が被告会社の正社員であったことは否認し、その余の事実は認める。同2の事実は認める。

三  抗弁

1  原告は、昭和五六年四月六日、被告会社に試雇用員として採用され、東京営業所管理課総務係に配属された。試用期間は、当初三か月間であった。

2  ところが、原告は、いわゆる中途採用であり、総務事務の経験があるということで採用されたのに、タイムカードのチェック等簡単な仕事でも二日間も掛かり、人事労務関係の書類の作成にもミスが多く、計算が遅いため人の二、三倍も時間が掛かる状態であるうえ、自分勝手な判断で仕事を進めるので業務に支障を生じることも多かった。また、原告は、協調性がなく、同室の経理係員に対し挨拶もせず、同僚を軽蔑し無視するかのような態度をとり続け、他の従業員に対しても書類の説明などが不親切で口論となったりした。更に、原告は、上司の注意や指示を素直に聞かず、かえって責任を他に転嫁して反発し、反抗的態度をとってその指示に従わなかったりした。このように原告の周囲には悶着が絶えず、同室の従業員が上司に退職を願い出たほどであった。

3  そのため、原告の直属上司である吉居管理課長は、原告の配属一か月後、原告を被告会社の従業員としては不適格と判断し、口頭で退職を勧告したが、原告はこれに応じなかった。そして、二か月目も同様の状態であったので、吉居課長の上司である蒲池総支配人が再度退職勧告をしたが、原告は、もう少し猶予してほしい旨述べて、これにも応じなかった。

4  同年七月六日をもって原告の三か月間の試用期間が満了すべきところ、原告の本採用に関する考課査定の結果は極めて悪かったが、被告会社は、原告が大学卒でもあり、更に訓練すればあるいは本採用することができるかもしれないと考えて、更に三か月間試用期間を延長することとし、その旨原告に告知したうえ、原告を本件総務部総務課人事係へ配置転換し、小倉総務係主任の許でその指導を受けさせることにした。

5  ところが、原告の給与計算ミス、資料や報告書のミスは何度注意されても直らず、原告は、相変わらず集中力に乏しい仕事振りであった。原告は、同年一〇月、中間決算報告書を締切日より約一か月遅れて提出したが、報告書にはミスが多く、訂正のため文字が判読できないほどであったため、小倉主任が浄書を命じたところ、原告は、今までこれで通用したからと反論してこれに従わず、結局、小倉主任が改めて作成し直すなど、仕事に二重の手間が掛かることが多かった。また、原告は、総務課あてに来た簡易書留を上司に渡さず勝手に開封し、注意を受けると、自分も総務課の人間だから開けて見るのは当然の権利であると主張して反論し、原告の机上に賃金台帳が置き忘れてあったと注意されると、自分はしまって帰った、誰かが自分の机の引き出しから出したのだと言い張り、口論になったりした。

6  原告は、同年一〇月一三日、給与袋の作成をしていたが、小倉主任からそれは会計の仕事であると注意を受けたにもかかわらず、これを無視する態度を続けた。そのため、小倉主任は、これまでの原告に対する憤懣が一気に爆発し、激高のあまり原告の左頬を平手で殴打し、原告とつかみ合いの喧嘩となった。その後、小倉主任は責任をとって被告会社を退職することとなった。

7  原告は、この事件後自宅待機を続けていたが、同月二一日、被告会社の八代総務部長、白崎総務部次長に呼ばれて話合いの機会をもった。原告は、その際、被告会社から退職の勧告を受けたが拒否し、是非とも被告会社にとどまって総務関係の仕事を続けてゆきたいと懇請した。被告会社は、既に一度試用期間を延長していることでもあり、これ以上の猶予はできず即時に解雇することも考えたが、原告の懇請があったので、再度試用期間を延長することとして、原告にその旨を伝えた。もっとも、被告会社は、従来の職場では同様の事態を繰り返すだけであると考えて、比較的対人的接触も少なくてすむ客室係で訓練し、将来、性格的なものが直るようであればフロント関係の業務に充てる見込みで、同日、原告を被告会社の東京営業所第一営業課フロント客室係へ配置転換した。

8  ところが、原告には客室係においてもトラブルが絶えなかった。原告が客室係に配属になって間もなく、原告がホテルのマスターキーを紛失したのではないかと大騒ぎとなり、追及されたところ、原告は、自分ではない、ページボーイがやったことだと主張し続けた。また、原告は、「入室お断り」の札を掲示している客室に勝手に入室して厳重な注意を受けたり、ルームチェックの時に滞在客の荷物の中身を調べて上司から注意を受けると、なんで見てはいけないのかと反問したり、客室内の簡単な補修工事(はがれた板の打ち付け)の指示に対して自分には不向きであると言ってやろうとしなかったり、冷蔵庫の飲料補充もミスが多く時間が掛かって用度係から苦情を受けたりした。

9  被告会社は、原告が客室係に配置転換となった直後から、原告が以前勤務したことがある会社に原告のことを問い合わせたり、同年一二月ころ、前の会社での身元保証人であった原告の義兄に連絡をとって退職の説得を依頼したりした。そして、被告会社は、原告に対し、昭和五七年二月、三月と原告の実兄らを交えて退職の説得を重ねたが、原告は、頑としてこれに応じようとしなかった。

10  原告は、同年三月二八日、客室清掃業者である明晃興業株式会社の女子パートタイマーと激しい口論を引き起こした。同女が一か月近く原告から無視されて差別扱いされたという理由であった。ここに至って、被告会社は、ついに原告の解雇を決意し、本件解雇をした。

11  以上によれば、合理的な理由に基づく試用期間の延長により、原告は本件解雇当時いまだ試雇用員のままであったと認めるのが相当であり、本件解雇は、試用期間に伴う解約権留保の趣旨、目的に照らして、社会通念上相当として是認することができるものといわなければならない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁2の事実は否認する。人の二、三倍も仕事に時間が掛かるというのは、曖昧な根拠のない単なる感覚的なものである。また、仕事の上でのミスを殊更強調しているが、管理課長等は、原告に限らず、その他の事務員についても時々注意をしている事でもある。自分勝手な判断で仕事を進めるので業務に支障を来したというが、具体的な内容はない。原告の周囲に悶着が絶えず云々とあるが、原告を挑発しからかい続けるという生意気さ加減が目に余ると、当然対抗し得るものである。

2  同3の事実は否認する。蒲池総支配人からは、入社以来の仕事のことについて話を聞かれただけであり、退職勧告は受けていない。

3  同5の事実は否認する。原告だけがとりわけ非難されねばならないほどのミスは発生していない。中間決算報告書の計算ミスは、自分で発見し、計算し直し、自分で書き改めて提出したものであり、今までこれで通用したからなどという発言はしていない。簡易書留は、渡すべき担当を確認しようと念のため開封したものであり、その際、権利云々という発言はしていない。また、原告は、賃金台帳を机上に置き忘れたこともない。同6のトラブルも、原告を本社総務に配属した時点で仕事の配分を行っていれば防げたものであり、原告は、いきなり殴られたことについては、当然のことながら応酬した。

4  同7のうち、試用期間を延長したとの点は否認する。また、性格的なものが直るようであれば云々とあるが、原告の性格について、被告会社に非難がましく欠陥人間であるかのように言われるのは、根拠がなく、人違いである。

5  同8の事実は否認する。原告はマスターキーをきちんと保管していたのであり、紛失したマスターキーが見つかった時点では、関係者数人の間でアルバイトのページボーイが置き忘れたものだろうということになった。荷物を開けたのは、ルーム変更又はチェックアウトをした宿泊客の荷物かはっきりしないバッグが置いてあったので、安全なものであるか、忘れ物であるかを確認する必要があったからである。

6  同10の口論は、女子パートタイマーの原告に対する突然の意味不明の怒りの発散の結果である。原告には、一女子パートタイマーのことにつき、特に興味、関心を示して他の人と差別をして付き合うというような時間的余裕はなかった。

7  同11の主張は争う。原告は、採用後六か月間に幾つかの職場を経験後、東京営業所第一営業課フロント客室係として辞令を交付されたのであり、それは正社員としての身分賦与の意味内容をもつ辞令であった。そして、原告には、解雇事由に該当するような客観的な事由は存在しない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1のうち原告が被告会社の正社員であったとの点を除くその余の事実及び同2の事実は、当事者間に争いがない。

二  そして、(証拠略)によれば、更に、抗弁1ないし10の事実を認めることができ(ただし、抗弁7中「懇請」とあるのは「希望」と改める)、この認定を左右するに足りる証拠はない。

三  成立に争いがない(証拠略)によれば、被告会社の就業規則は、採用内定者について原則として三か月間の試用期間を置き、その期間中の身分を試雇用員としていわゆる正社員と区別し、その期間に本人の身元、健康状態、技能、勤務成績等を審査して不適格と認められたときは解約し、他方、試用期間を終えて正式に採用された者を正社員とする旨定めていること(一一条、一四条)が認められる。

そうすると、被告会社における試用期間は、新採用者が正社員として本採用するに足りる職務適格性を有するか否かを判断するための期間であり、その間に職務不適格と判断された場合には解雇することができるとの解雇権が留保された期間であると解することができる。そして、この試用期間の趣旨に照らせば、試用期間満了時に一応職務不適格と判断された者について、直ちに解雇の措置をとるのでなく、配置転換などの方策により更に職務適格性を見いだすために、試用期間を引き続き一定の期間延長することも許されるものと解するのが相当である。

ところが、前記二で認定した事実によれば、被告会社がした第一回目の試用期間の延長はこの観点から是認することができるものの、第二回目の試用期間の延長については、一回延長した試用期間が満了すべき昭和五六年一〇月六日よりも後に行われ、また、延長する期間の定めもされていないのであるから、その動機、目的はともあれ、これを相当な措置と認めることはできない。したがって、本件解雇時において原告は既に試用期間を終えていることになるから、本件解雇が効力を有するためには、正社員に対するのと同様の解雇事由の存在が要求されるものといわなければならない。

四  ところで、(証拠略)によれば、被告会社の就業規則は「就業態度が著しく不良で他に配置転換の見込みがないと認めたとき」を解雇事由の一つとして定めていること(三九条二号)、被告会社はこの解雇事由によって本件解雇をしたことが認められる。そして、前記二で認定した抗弁2、5、6、8及び10の原告の行為は総合してこの解雇事由に該当し、一連の経過に照らせば解雇権の濫用はないものと認めるのが相当であるから、結局、本件解雇は有効である。

五  よって、原告の本件請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 片山良廣)

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